2018年09月23日

第4回の葛飾膝元探訪=柴又は日本遺産です(報告)

9月8日(土)の午後、京成柴又駅前広場に立つ「寅さん像」を待ち合わせ場所にして、13時30分、柴又の街歩き・膝元探訪が始まりました。
今回、葛飾校友会幹事で柴又在住、葛飾区議の秋家議員のお世話になりました。今年(2018年)2月、柴又は東京都初の「重要文化的景観」に国から選定されたので、柴又に来たことがある人でも案外知らないところがあるのではと思い、踏み込んだ想定外の素晴らしいスポットも観覧できるように企画をしてもらいました。
先ず訪れたのは、柴又八幡神社。この柴又地域は、約1300年前の奈良時代、養老5年(721年)に実施の戸籍帳には、嶋俣里(現在の柴又)=民家42戸、住人367人 とある。神社は周囲の地域に比べると微高地で、神社があった場所に古墳(島俣塚=テニスコート位のサイズの前方後円墳)があって、社殿の下の石棺や埋葬品を特別拝観させてもらいました。
帝釈天参道を通って経栄山題経寺(帝釈さま)に移動し、境内の鳳翔会館に。2階から境内を眺め、瑞龍の松に雄雌があり、昔は雄の松の根元付近から湧水していたとの説明にびっくり。関係者職員の案内で、池泉式の庭園と、南天の巨大自然木を床柱に添えてある大客殿を回ってから、帝釈堂内殿の
外部(東・北・西の全面 1・2階)の装飾彫刻で覆われている彫刻ギャラリー。見事としか言いようがない。説明には寺院の修復関係秘話を含めて丹念に話して頂いた。まさに日本遺産、ともいえる重要文化財が目の前にある話、と感動した。
日本三大庭園とも云われる山本亭で甘味で休憩し、次いで寅さん会館を訪ねた。快晴ならば遠望可能で富士山や筑波嶺が見えるのだが生憎の曇り空、次の機会にとして、江戸川の大堤防の上から矢切の渡し辺りを眺望し、探訪会をひと区切りとした。この辺は明治初期頃迄は水田が多く用水路があり、今は住宅地区の歩道なって、その道筋を辿り柴又駅に戻った。
時間も夕方、丁度頃合いよく、踏切を渡ったすぐの処で参加者8名、お疲れ乾杯を交わし歓談。万歩計1万1000歩の疲れを癒してから解散としました。 (文責:飯塚)
posted by 明治大学校友会葛飾区地域支部 | Comment(0) | 報告
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